生きてさえいれば99%幸せ――間質性肺炎の講義で、キャンディさんのことを話した理由

本日、看護学校の講義で「間質性肺炎」の各論を扱いました。
間質性肺炎は、肺の奥にある肺胞の壁、つまり「間質」に炎症や線維化が起こり、肺が硬くなっていく病気です。進行すると、酸素を取り込みにくくなり、歩く、階段を上る、入浴する、話す、といった日常の動作そのものが苦しくなります。
講義では、病態、画像所見、診断、治療、在宅酸素療法について話します。しかし、呼吸器内科医として本当に伝えたいのは、病名や検査値だけではありません。
「息ができる」ということが、どれほど尊いことなのか。
「今日を生きる」ということが、どれほど大きなことなのか。
そのことを伝えるために、私はキャンディ・H・ミルキィさんの話を紹介しました。
キャンディさんの言葉
キャンディさんは、1990年代の原宿歩行者天国で知られた方で、まだ「コスプレ」や「LGBTQ」という言葉が今ほど一般的ではなかった時代から、自分らしく生きることを貫いた方でした。
フジテレビの『ザ・ノンフィクション』では、特発性間質性肺炎と診断され、次第に体調が悪化し、外出時にも酸素ボンベが手放せなくなっていく最期の日々が紹介されています。
生きてさえいれば99%幸せだって。
この言葉は、単なる前向きな標語ではありません。
病気の苦しみを知らない人が、軽々しく言った言葉ではありません。呼吸が苦しくなり、酸素が必要になり、自分の体が思うように動かなくなっていく中で、なお「生きていること」を見つめた人の言葉です。
間質性肺炎は「肺の病気」であると同時に「生き方に関わる病気」
間質性肺炎が進行すると、肺は硬くなります。空気を吸っても、酸素が十分に体へ届かなくなります。
患者さんは「息苦しい」と言います。しかし、その言葉の中には、私たちが想像する以上の不安、恐怖、孤独があります。
呼吸は、止めることができません。
苦しいから今日は休もう、ということができません。
一呼吸ごとに、生きることと向き合わされます。
だからこそ、呼吸器の病気を診るということは、単に肺を診ることではありません。
その人が、どのように生きてきたのか。
何を大切にしているのか。
最後まで何を守りたいのか。
そこまで見なければ、本当の意味で患者さんを診たことにはならないのだと思います。
患者さんは、診断名ではない
キャンディさんは、息苦しい中でも、自分らしい姿を大切にしていました。
それは、病気に勝ったという話ではありません。
人間が、病気だけの存在ではないという話です。
患者さんは、診断名ではありません。
酸素飽和度の数字でもありません。
CT画像でも、KL-6の値でもありません。
その人には、人生があります。
好きだったものがあります。
失敗も、後悔も、愛された記憶も、誰かを笑わせた時間もあります。
看護学生の皆さんに伝えたかったのは、まさにこのことです。
医療の現場では、SpO2、呼吸数、酸素流量、呼吸音、画像所見、検査値を見ます。それらはもちろん大切です。
しかし、酸素チューブの先にいるのは、「肺」ではなく「人」です。
在宅酸素療法は、ただの医療機器ではない
在宅酸素療法は、単なる医療機器ではありません。
それは、患者さんがもう一度外へ出るための道具です。
家族と食卓を囲むための支えです。
自分らしい服を着て、人に会うための命綱です。
酸素を使うことを「負け」と感じる方もいます。
しかし、私はそうは思いません。
酸素は、その人の生活を狭めるものではなく、もう一度生活を取り戻すための支えになることがあります。
大切なのは、酸素を使うか使わないかではありません。
酸素を使いながら、その人がどう生きるか。
そこに、医療者が伴走できるかどうかだと思います。
「生きていれば99%幸せ」という言葉を、押しつけてはいけない
キャンディさんの「生きてさえいれば99%幸せ」という言葉は、苦しみを美化するものではありません。
つらい治療も、息苦しさも、不安も、孤独も、決して軽いものではありません。
患者さんに「生きているだけで幸せでしょう」と押しつける言葉にしてはいけません。
むしろ、この言葉は反対です。
生きることが当たり前ではないと知った人が、残された一呼吸、一日、一瞬の重みを語った言葉です。
健康なとき、私たちは多くのことを求めます。
もっと成功したい。
もっと認められたい。
もっと豊かになりたい。
もっと完璧でいたい。
もちろん、それらも人生を前に進める力になります。
しかし、病気はときに、私たちを根本に引き戻します。
息ができること。
食べられること。
眠れること。
人と話せること。
誰かがそばにいてくれること。
今日も目が覚めたこと。
それらは、決して小さなことではありません。
日本では「生きづらさ」を抱える人が少なくない
一方で、「生きていれば幸せ」と言える社会であるためには、本人の心の持ち方だけに責任を押しつけてはいけないとも思います。
日本は、経済的には豊かで、医療制度も整った先進国の一つです。
それでも、国際的に見ると、日本の自殺死亡率は先進国の中でも決して低いとは言えません。OECDの資料でも、日本は自殺死亡率が人口10万人あたり15人を超える国の一つとして示されています。
また、厚生労働省・警察庁の統計では、令和6年の自殺者数は20,320人とされています。前年より減少しているとはいえ、これは「毎日どこかで、誰かが生きることに限界を感じている」という現実でもあります。
だからこそ、「生きてさえいれば99%幸せ」という言葉は、単に個人を励ます言葉としてではなく、社会全体への問いかけとして受け止める必要があります。
人は、強いから生きられるのではありません。
支えられるから、生きられるのだと思います。
医療も、家族も、友人も、地域も、社会も、その人が「今日を何とか生きる」ための支えになれるはずです。
医療は「その人らしく生きること」を支えるためにある
医療は、病気を治すためにあります。
苦しみを減らすためにあります。
命を延ばすためにあります。
しかし同時に、医療は「その人がその人らしく生きること」を支えるためにもあります。
間質性肺炎の診療では、根治が難しい病型もあります。特発性肺線維症では、病気の進行を抑える治療や、酸素療法、急性増悪時の治療、緩和的な支援などを組み合わせながら、患者さんの苦痛と生活に向き合います。
だからこそ、医療者には技術だけでなく、想像力が必要です。
この患者さんは、何を失うことを恐れているのか。
何を守りたいのか。
どこまで治療を望むのか。
最後まで、どのような自分でいたいのか。
それを聞くこと。
それを尊重すること。
それを支えること。
それもまた、医療の大切な役割です。
講義で伝えたかったこと
今日、看護学校で間質性肺炎の講義をしながら、私は改めて思いました。
呼吸を診ることは、命を診ること。
命を診ることは、その人の生き方を診ること。
そして、私たち医療者が支えるべきものは、肺だけではなく、その人が「生きていてよかった」と思える時間なのだと。
この言葉を、軽く受け取ることはできません。
けれど、忙しい毎日の中で、つい忘れてしまう大切なことを思い出させてくれます。
今日、息ができていること。
今日、誰かと会話できること。
今日、自分らしくいられること。
その一つひとつが、実はかけがえのない幸せなのかもしれません。
いま苦しい方へ
もし今、「生きるのがつらい」「消えてしまいたい」と感じている方がいたら、その気持ちを一人で抱え込まないでください。
身近な人に話せないときは、電話やSNSで相談できる窓口もあります。
厚生労働省の「まもろうよ こころ」では、電話相談、SNS相談、支援情報検索などが案内されています。
「助けて」と言うことは、弱さではありません。
生きるために必要な、ひとつの力です。
参考資料
・OECD “Society at a Glance 2024” Suicide rates
・厚生労働省・警察庁「令和6年中における自殺の状況」
・厚生労働省「まもろうよ こころ」
・フジテレビ『ザ・ノンフィクション』番組紹介、関連報道
投稿者プロフィール

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からだ整えラボ
① 医学=呼吸器・アレルギー
② 生活=腸・温活・食・睡眠・肌
③ 幸福=働き方・環境・園芸
“病気を診るだけでなく、人をまるごと診たい”
——その思いを胸に、学びを続けています。
医学的根拠 × 生活習慣 × 心の豊かさ
三位一体の医療をめざしています。
資格:
<医学・医療>医学博士、日本呼吸器学会認定呼吸器専門医、日本アレルギー学会認定アレルギー専門医、日本喘息学会認定喘息専門医、日本内科学会認定内科医、日本喘息学会認定吸入療法エキスパート
<予防医学・代替医療・環境>
機能的骨盤底筋エクササイズpfilAtes™認定 インストラクター国際資格← NEW✨
カラダ取説®マスター・ジェネラル
環境省 環境人材認定事業 日本環境管理協会認定環境管理士、漢方コーディネーター、内面美容医学財団公認ファスティングカウンセラー、日本セルフメンテナンス協会認定腸内環境管理士、腸内環境解析士、日本温活協会認定温活士、薬膳調整師、管理健康栄養インストラクター、食育健康アドバイザー、日本フェムテックマイスター協会公認フェムテックマイスター®上級、公認妊活マイスター®Basic、日本スキンケア協会認定スキンケアアドバイザー、メンタル士心理カウンセラー、アーユルヴェーダアドバイザー、快眠セラピスト、安眠インストラクター
<文化・生活>
日本園芸協会認定ローズ・コンシェルジュ、ローズソムリエ®(バラ資格)
<受賞歴>
第74回日本アレルギー学会学術大会「働き方改革推進奨励賞」受賞





