不登校と孤独、親と子の「道」を見つめる
朝日新聞の天声人語で「不登校」に関する内容が取り上げられていました。
不登校は子供にとっても、親にとっても悩みの深いテーマです。
哲学者・三木清と文学者・魯迅の言葉の紹介もありました。
ここでは、三木清や魯迅の言葉を通じて、不登校という経験の中で親子が感じる「孤独」や「道」について考えてみたいと思います。
子供が感じる「街」の孤独
三木清の言葉に「孤独は山になく街にある。孤独は一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の『闇』にある」とあります。
学校で一人ぼっちだと感じる、周りと違うことに対する孤独感は、ただの「一人」ではなく「街」のような環境の中で生じる「孤独」です。
子供にとっての学校が「街」のように感じられ、周囲の友達が楽しそうに見えるほど、その孤独が深まることもあります。
不登校に悩む子供たちは、この「街」の孤独と向き合っています。
それは簡単に理解されるものではなく、周囲との違いが心の負担になることが多いでしょう。
だからこそ、周りの大人や家族が、孤独に寄り添い、その心を少しでも軽くしてあげることが大切です。
親が感じる「孤独」と向き合う
子供が不登校になると、親もまた深い孤独を感じることがあります。
周りの親との比較、子供への心配、自分にできることがわからない不安——親が感じる孤独も、また「街」にいるような心の「闇」の中にある孤独です。
誰に相談しても解決しないもどかしさ、子供の状況を理解されないことの辛さなど、親自身もこの道の中で迷い、孤独と向き合っています。
こうした親の孤独もまた、無理に解消するものではなく、まずは「わからないことを受け入れる」ことから始まるのかもしれません。
時には他の親との比べずに、自分の家族だけの道を歩んでみることで、少しずつ不安が和らぐこともあるでしょう。
歩むことで作られる「道」
魯迅は「もともと地上には道がない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」と語りました。
この言葉は、誰もが一律の道を進む必要がないことを教えてくれます。
子供が学校に通えない、他の子と違う選択をしているからといって、それが「間違い」ではありません。
親子で新しい道を歩んでいく中で、それが新たな「道」となり、いずれ他の同じ悩みを持つ人たちの道になることもあるのです。
親も子も、一歩ずつ進むことで、その一歩が未来の道へと繋がることを信じて歩んでみましょう。
焦らず、自分たちのペースで歩むことで、いずれ新しい景色が見えてくるかもしれません。
孤独を分かち合い、道を見つける
不登校という状況は、子供にとっても親にとっても孤独であり、周囲からの理解を得にくい状況です。
しかし、互いに孤独を分かち合い、「道が見えなくても歩み続けること」で未来への希望が見えてきます。
周りがどうであれ、親子が共に歩むことで、少しずつ心の孤独が和らぎ、それが新しい道として形づくられていくのです。
もし、今一人で悩まれている親御さんがいるなら、まずは自分の気持ちを大切にしてください。
子供と共に寄り添い、歩みながら道を作っていくことで、いずれ道は見えてくるかもしれません。
やまぐち呼吸器内科・皮膚科クリニック 山口裕礼
投稿者プロフィール
- 2017年1月、希望が丘(神奈川県横浜市)にて、やまぐち呼吸器内科・皮膚科クリニックを開院しました。
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