「死にたくない」と泣いた患者さんに、私が即答したこと

「死にたくない」と泣いた患者さんに、私が即答したこと

やまぐち呼吸器内科・皮膚科クリニック
院長 山口裕礼

医師になって30年以上が経ちます。

これまで、数えきれないほど多くの患者さんと向き合ってきました。病気の説明をし、治療方針を考え、薬を処方し、検査結果を伝え、時には厳しい現実をお話しすることもありました。

医師という仕事は、日々「生きること」と向き合う仕事です。そして同時に、「老いること」「衰えること」「死ぬこと」とも向き合わざるを得ない仕事です。

けれども先日、私にとって医師人生で初めてと言ってよい経験がありました。

ある患者さんからの、涙ながらの問いかけ

ある患者さんが、涙を流しながら私に問いかけました。

「先生、自分は死にたくない」
「私は地獄に行くのでしょうか」

その方は、私を深く信頼してくださっている患者さんでした。

詳しい事情をすべてここに書くことは控えますが、その方はがんを患っており、余命が長くないと告げられていたようでした。

病気そのものの苦しみだけではありません。限られた時間を意識せざるを得ない状況の中で、死への恐怖、人生の不安、そして自分の行き先について、心の奥底から問いかけておられたのだと思います。

医師としての言葉だけでは、とても受け止めきれない問いでした。

私の口から出た、即答の言葉

医学的に答えるならば、人は誰でもいつか死にます。それは避けられない事実です。

しかし、その場で私の口から出た言葉は、医学的な説明ではありませんでした。

「誰だって、いつか死にます。
でも、あなたは天国に行けます」

私は、ほとんど迷わずにそう答えました。

なぜそのように即答したのか。正直に言えば、私自身にもはっきりとは分かりません。

けれども、その方にはその言葉が届きました。表情が少しやわらぎ、安心されたようでした。

私はその反応を見て、言葉というものは、医学的な正確さだけでなく、その人の心にどう届くかが大切なのだと、改めて感じました。

医学だけでは届かない苦しみがある

私は普段から、患者さんに同じ言葉を同じように伝えることはしません。

人にはそれぞれ、その人が積み重ねてきた人生があります。信じているもの、恐れているもの、理解できる言葉、受け入れられる言葉も違います。

医学の知識だけでは、人の苦しみのすべてには届きません。

病気を説明する言葉。
検査結果を伝える言葉。
治療方針を決める言葉。

それらはもちろん大切です。

しかし、死を前にした人の不安に対しては、医学用語だけでは足りないことがあります。

医師は病名を診るのではなく、その病気を抱えている「人」を診る仕事です。

だからこそ私は、その方の性格、人生観、知識、信仰、価値観、そして今その瞬間の心の状態を感じ取りながら、最も必要だと思う言葉を選びます。

そのとき思い浮かべた、親鸞の教え

そのとき私が思い浮かべたのは、親鸞聖人の教えでした。

親鸞は、自分は立派な人間だから救われる、善い行いをしたから救われる、とは考えませんでした。

むしろ、人間は誰しも弱く、迷い、過ち、不完全さを抱えた存在であると見つめました。

だからこそ、救いは「立派な人」だけに与えられるものではない。

自分の弱さを知り、恐れ、不安を抱え、それでも救いを求める人こそ、すでにその救いの中にある。

私はそのように受け止めています。

「地獄に行くのですか」と涙を流して尋ねる人は、本当に傲慢な人ではありません。

自分の人生を振り返り、不安になり、恐れ、それでも何かにすがりたいと願っている人です。

その問いの奥には、単なる死への恐怖だけではなく、

「自分の人生はこれでよかったのか」
「自分は許されるのか」
「自分にも安らぎはあるのか」

という深い思いがあったのだと思います。

医師として、一人の人間として

私は宗教家ではありません。僧侶でもありません。医師です。

けれども、医師として長く患者さんと向き合っていると、人が本当に苦しいときに必要とするものは、検査値や診断名だけではないと感じます。

薬が必要なときがあります。酸素が必要なときがあります。検査や治療が必要なときがあります。

しかし同時に、

「大丈夫です」
「あなたは見捨てられていません」
「あなたの人生には意味があります」

という言葉が必要なときもあります。

その言葉が医学的に証明できるかどうかではなく、その人の恐怖を少しでも和らげ、心に灯をともすことができるかどうか。

今回、私はその患者さんに対して、医師としてだけではなく、一人の人間として言葉を返したのだと思います。

死は、その人だけに与えられた罰ではない

「誰だっていつかは死ぬ」

これは冷たい言葉にも聞こえるかもしれません。

しかし、私が伝えたかったのは、死はその人だけに与えられた罰ではないということです。

人は皆、いつか死にます。医師も、患者さんも、元気な人も、病気の人も、例外はありません。

だからこそ、死を前にした不安は恥ずかしいものではありません。

怖いと思うのは当然です。泣いてもよいのです。誰かに「死にたくない」と言ってよいのです。

あなたは地獄に落ちるような人ではない。

あなたは、ちゃんと大切にされてきた人であり、今も大切な人であり、これからも見放されることはない。

親鸞の教えに照らせば、救いとは、強い人や正しい人だけのものではありません。

むしろ、弱さを抱え、不安に震え、涙を流す人にこそ届くものです。

医療とは、病気を治すことだけではない

今回の出来事は、私にとっても大きな経験でした。

医師として30年以上働いていても、まだ初めて出会う問いがあります。

そしてその問いに対して、教科書通りの答えではなく、その場で自分の中から出てくる言葉があります。

それが正解だったのかどうかは分かりません。

けれども、その方が少しでも安心してくださったのなら、私はその言葉を選んでよかったのだと思います。

医療とは、病気を治すことだけではありません。

人の不安に寄り添うこと。
孤独を少しでも軽くすること。
死への恐怖の中にある人に、ひとすじの安心を届けること。

それもまた、医療の大切な役割だと私は思います。

これからも、人の心に向き合う医療を

やまぐち呼吸器内科・皮膚科クリニックでは、病気だけを見るのではなく、その人の人生、その人の不安、その人の心にも向き合う医療を大切にしています。

人は誰でも、いつか死を迎えます。

けれども、そのときまで、どのように生きるのか。

何を信じ、誰とつながり、どのように安心して日々を過ごすのか。

その問いに、医師として、そして一人の人間として、これからも真剣に向き合っていきたいと思います。

投稿者プロフィール

院長:山口裕礼(やまぐちひろみち)
院長:山口裕礼(やまぐちひろみち)
からだ整えラボ
① 医学=呼吸器・アレルギー
② 生活=腸・温活・食・睡眠・肌
③ 幸福=働き方・環境・園芸
“病気を診るだけでなく、人をまるごと診たい”
——その思いを胸に、学びを続けています。
医学的根拠 × 生活習慣 × 心の豊かさ
三位一体の医療をめざしています。
資格:
<医学・医療>医学博士、日本呼吸器学会認定呼吸器専門医、日本アレルギー学会認定アレルギー専門医、日本喘息学会認定喘息専門医、日本内科学会認定内科医、日本喘息学会認定吸入療法エキスパート
<予防医学・代替医療・環境>
機能的骨盤底筋エクササイズpfilAtes™認定 インストラクター国際資格← NEW✨
カラダ取説®マスター・ジェネラル
環境省 環境人材認定事業 日本環境管理協会認定環境管理士、漢方コーディネーター、内面美容医学財団公認ファスティングカウンセラー、日本セルフメンテナンス協会認定腸内環境管理士、腸内環境解析士、日本温活協会認定温活士、薬膳調整師、管理健康栄養インストラクター、食育健康アドバイザー、日本フェムテックマイスター協会公認フェムテックマイスター®上級、公認妊活マイスター®Basic、日本スキンケア協会認定スキンケアアドバイザー、メンタル士心理カウンセラー、アーユルヴェーダアドバイザー、快眠セラピスト、安眠インストラクター
<文化・生活>
日本園芸協会認定ローズ・コンシェルジュ、ローズソムリエ®(バラ資格)
<受賞歴>
第74回日本アレルギー学会学術大会「働き方改革推進奨励賞」受賞