出雲大社の御砂を持ち帰ってきました⛩️

素鵞社の裏にある八雲山と、「場を整える」ということ

やまぐち呼吸器内科・皮膚科クリニック
院長 山口裕礼です。

祝日を利用して出雲大社へ参拝した際、印象に残る体験がありました。

それが、出雲大社の御砂をいただいてくることです。

出雲大社の御砂は、ただ砂を持ち帰るものではありません。
まず、出雲大社の西にある稲佐の浜で砂をいただき、その砂を出雲大社境内の奥にある素鵞社(そがのやしろ)へ納め、代わりに御砂をいただく、という流れがあります。

ひとつひとつの手順に意味があり、丁寧に行うことで、自然と気持ちも整っていきました。

まずは稲佐の浜へ🌊

御砂をいただく前に向かったのは、稲佐の浜です。

出雲神話にも登場する場所で、神在月には全国の神々を迎える「神迎神事」が行われる浜としても知られています。

海の前に立つと、波の音と風だけが聞こえます。

普段の診療では、時間、検査、説明、判断、処方——
どうしても頭を使い続ける時間が多くなります。

しかし海の前では、思考より先に呼吸が変わります。

吸う。
吐く。
波を見る。
砂に触れる。

それだけで、からだの緊張が少しゆるんでいくのを感じました。

まさに、からだが整う場所です。

稲佐の浜の砂をいただく

稲佐の浜では、持参した袋に砂を少しいただきました。

この砂は、そのまま持ち帰るのではなく、出雲大社の素鵞社で御砂と交換するためのものです。

「いただく」という表現がしっくりきます。

自然のものを、必要な分だけ、丁寧に扱う。

便利さや効率を優先していると、自分の呼吸、自分の足元、自分の環境に意識を向ける時間が減ってしまいます。

砂をすくうという、とてもシンプルな行為でしたが、そこには足元を整えるという感覚がありました。

素鵞社へ⛩️

その後、出雲大社へ向かい、御本殿に参拝したあと、境内の奥にある素鵞社へ向かいました。

素鵞社は、出雲大社の御本殿のさらに奥、八雲山を背にして建つお社です。

御祭神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)

出雲神話において、八岐大蛇退治でも知られる存在です。

素鵞社の周囲は、出雲大社の中でも少し空気が違います。

にぎやかな参道とは違い、木々に囲まれ、湿った岩肌があり、自然の気配が濃く残っている場所です。

素鵞社の裏にある八雲山🌿

今回、とくに印象に残ったのが、素鵞社の裏にある八雲山の岩肌でした。

八雲山は、古くから神聖な山とされ、現在も基本的には入ることのできない禁足地とされています。

そして、この八雲山そのものをご神体とみなす説もあります。

つまり、素鵞社は社殿だけを見る場所ではなく、その背後にある山、岩、木々、空気を含めて、ひとつの大きな信仰の場として受け止められてきたのだと思います。

実際に裏手の岩肌の前に立つと、人工的に整えられた空間とは違う、自然そのものの圧のようなものを感じました。

大きな岩。
苔。
湿った空気。
深い緑。
山から降りてくるような静けさ。

そこには、説明しすぎる必要のない力がありました。

岩肌に触れるという体験

素鵞社の裏では、八雲山の岩肌にそっと触れることができます。

もちろん、山そのものは神聖な場所とされており、軽々しく立ち入る場所ではありません。

ただ、許された範囲で岩に触れると、不思議と自分の呼吸が深くなるのを感じました。

冷たい岩に手を置く。
目の前の緑を見る。
足元の土を感じる。

この感覚は、「パワースポット」という言葉だけでは少し足りない気がします。

からだ整えラボ的に言えば、これは感覚を取り戻す時間です。

スマホを見る。
予定に追われる。
情報を処理する。
人に合わせる。

そうした日常から少し離れて、ただ岩に触れ、山の前に立つ。

それだけで、自分の中にある余計な緊張が静かに抜けていくようでした。

砂を納め、御砂をいただく

素鵞社の床下には、御砂を納める場所があります。

稲佐の浜でいただいた砂をそこに納め、同量、もしくは少なめに御砂をいただきます。

持ってきたものを納め、必要な分だけいただく。

この流れが、とても大切なのだと思います。

一方的にもらうのではなく、まず納める。

これは、日常生活にも通じる考え方です。

何かを得たいとき、まず自分の中の不要なものを手放す。

乱れた生活を整える。
余計なものを減らす。
呼吸を落ち着ける。
環境をきれいにする。

すると、必要なものが入る余白ができます。

御砂の交換は、そうした整える行為そのもののように感じました。

持ち帰った御砂はどうするのか

御砂をいただいたあと、
「これは持ち帰ったあと、どうすればよいのだろう」
と思う方もいるかもしれません。

一般的には、出雲大社の御砂は、土地の清め、厄除け、家内安全、場を整えるものとして大切に扱われてきたそうです。

もちろん、これは医学的な効能とは別の話です。
御砂を持ち帰ったから病気が治る、という意味ではありません。

ただ、昔から人は、家や土地、玄関、身の回りの空間を整えるために、こうしたものを大切にしてきました。

家や敷地を整える使い方

御砂は、お清めの砂として、家や敷地に使う方法があるとされています。

たとえば、

  • 敷地の四隅に少量ずつ撒く
  • 清めたい場所に少量を撒く
  • 玄関の左右に盛砂として置く
  • 気になる場所に、少量を丁寧に置く

といった使い方です。

家の中で考えるなら、玄関はとても大切な場所です。

人が入ってくる場所。
空気が出入りする場所。
外と内の境界になる場所。

からだ整えラボ的に見ても、玄関を整えることは、日々の気持ちを整えることにつながります。

靴が乱れている。
物が積み重なっている。
空気がこもっている。

そういう場所に入ると、無意識のうちに気持ちも重くなります。

逆に、玄関が整っていると、それだけで呼吸が少し楽になります。

御砂を置くかどうか以前に、
空間を整えようとする意識そのものが大切なのだと思います。

マンションや室内での使い方

マンションなどで、直接砂を撒くことが難しい場合もあります。

その場合は、半紙や小皿、盛り塩用の器などに御砂を少量盛り、玄関や清めたい場所に一定期間置く方法もあるそうです。

一般的には、10日ほど置いておくという考え方もあります。

大切なのは、量ではありません。

少量を、丁寧に扱うこと。

御砂はたくさん使えばよいというものではなく、必要な分だけ、感謝して扱うものだと思います。

お守りとして身につける使い方

御砂は、袋に入れてお守りのように持ち歩く方もいるそうです。

小さなお守り袋や巾着、チャック付きの小袋などに少量を入れて、バッグに入れておく。

そうすることで、日常の中でふとした時に、出雲で感じた静けさや、素鵞社の空気を思い出すことができます。

これも、からだを整えるという意味では大切です。

人は、不安な時ほど呼吸が浅くなります。
忙しい時ほど、足元を忘れます。
疲れている時ほど、空間が乱れます。

そんな時に、御砂の存在が
「一度、整えよう」
と思い出すきっかけになるなら、それだけでも意味があると感じます。

御砂は乾かしてから使う

出雲大社でいただいた御砂は、水分を含んでいることがあります。

持ち帰ったあとは、半紙などの上に広げて、しっかり乾燥させてから使うのがよいそうです。

天日干しをする場合は、風のない日を選び、御砂が飛ばされないように注意が必要です。

大切にいただいたものだからこそ、雑に扱わず、静かに乾かし、必要な分だけ使う。

こうした手順もまた、心を整える時間になります。

御砂を「効かせる」のではなく、暮らしを整える

御砂について書くと、どうしても「ご利益」や「効能」という言葉が出てきます。

もちろん、古くから

  • 厄除け
  • 邪気払い
  • 土地の浄化
  • 家内安全
  • 良縁
  • 幸福

といった意味で大切にされてきたものです。

ただ、医療者としては、そこを少し冷静に見ています。

御砂そのものが、病気を直接治すわけではありません。

しかし、御砂をいただいたことをきっかけに、
玄関を整える。
部屋を整える。
空気を入れ替える。
深く呼吸する。
生活を見直す。

そうした行動につながるなら、それは十分に意味があります。

からだを整えるとは、特別な健康法を始めることだけではありません。

自分のいる場所を整える。
持ち物を整える。
呼吸を整える。
食事を整える。
睡眠を整える。

その積み重ねです。

クリニックに持ち帰った意味

今回いただいた御砂は、大切に持ち帰ってきました。

私にとっては、単なる縁起物というよりも、
場を整えるという意識を思い出させてくれるものです。

クリニックもまた、患者さんが不安を抱えて訪れる場所です。

咳が続いている方。
息苦しさがある方。
皮膚のかゆみや湿疹に悩んでいる方。
検査結果を心配している方。
日々の不調をどう整理してよいかわからない方。

そうした方々が入ってくる場所だからこそ、空間そのものを整えておくことは大切だと感じています。

清潔であること。
落ち着けること。
安心できること。
余計な緊張を生まないこと。

それは医療の質にも関わります。

からだ整えラボ的に見る「御砂」と「八雲山」

からだ整えラボ的に見ると、今回の御砂の体験には、いくつもの整える要素がありました。

稲佐の浜で海を見る。
これは呼吸を整えます。

砂に触れる。
これは感覚を整えます。

素鵞社まで歩く。
これは身体リズムを整えます。

八雲山の岩肌に触れる。
これは意識を今ここに戻します。

御砂を持ち帰る。
これは生活空間を整える意識につながります。

特別なことをしているようで、実はすべて、からだにとって自然な行為です。

歩く。
触れる。
感じる。
呼吸する。
整える。

人間のからだは、こうした基本的な行動によって、少しずつ本来のリズムを取り戻していきます。

整えるとは、余白をつくること

今回、出雲大社で御砂をいただき、素鵞社の裏の八雲山に触れて感じたのは、

整えるとは、何かを足すことではなく、余白をつくること

だということです。

不要な緊張を減らす。
過剰な情報から離れる。
足元に意識を戻す。
空間を清める。
呼吸を深くする。

その先に、回復しやすい状態があります。

医療では、薬や検査が必要な場面はもちろんあります。
しかし、その前提として、からだが回復できる環境をつくることも大切です。

稲佐の浜の砂。
素鵞社の御砂。
八雲山の岩肌。

その一つひとつが、
「まず整える」ということを静かに教えてくれるようでした。

最後に

出雲大社で御砂をいただくという体験は、単なる参拝の一部ではなく、
場を整えるということを考える貴重な時間になりました。

とくに、素鵞社の裏にある八雲山は、ご神体ともいわれるだけあり、自然そのものが持つ静かな力を感じる場所でした。

病気を治すことと、からだを整えることは、似ているようで少し違います。

治療は医療の役割です。
整えることは、日々の暮らしの中にもあります。

御砂を持ち帰るという体験を通して、
改めてその大切さを感じました。

やまぐち呼吸器内科・皮膚科クリニック
院長 山口裕礼

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投稿者プロフィール

院長:山口裕礼(やまぐちひろみち)
院長:山口裕礼(やまぐちひろみち)
からだ整えラボ
① 医学=呼吸器・アレルギー
② 生活=腸・温活・食・睡眠・肌
③ 幸福=働き方・環境・園芸
“病気を診るだけでなく、人をまるごと診たい”
——その思いを胸に、学びを続けています。
医学的根拠 × 生活習慣 × 心の豊かさ
三位一体の医療をめざしています。
資格:
<医学・医療>医学博士、日本呼吸器学会認定呼吸器専門医、日本アレルギー学会認定アレルギー専門医、日本喘息学会認定喘息専門医、日本内科学会認定内科医、日本喘息学会認定吸入療法エキスパート
<予防医学・代替医療・環境>
機能的骨盤底筋エクササイズpfilAtes™認定 インストラクター国際資格← NEW✨
カラダ取説®マスター・ジェネラル
環境省 環境人材認定事業 日本環境管理協会認定環境管理士、漢方コーディネーター、内面美容医学財団公認ファスティングカウンセラー、日本セルフメンテナンス協会認定腸内環境管理士、腸内環境解析士、日本温活協会認定温活士、薬膳調整師、管理健康栄養インストラクター、食育健康アドバイザー、日本フェムテックマイスター協会公認フェムテックマイスター®上級、公認妊活マイスター®Basic、日本スキンケア協会認定スキンケアアドバイザー、メンタル士心理カウンセラー、アーユルヴェーダアドバイザー、快眠セラピスト、安眠インストラクター
<文化・生活>
日本園芸協会認定ローズ・コンシェルジュ、ローズソムリエ®(バラ資格)
<受賞歴>
第74回日本アレルギー学会学術大会「働き方改革推進奨励賞」受賞